「不安をなくそう」と必死だった私へ。「ありのまま」を許して動き出した人生の転機
新卒で入庁した官公庁を辞め、未経験からITスタートアップのエンジニアへ転身したTさん。「自分はやっていけるのか」という強い不安と劣等感で渦巻いていた彼がMCDで出会ったのは、不安を消し去るのではなく「ありのままの自分」を認める生き方でした。仲間との対話と、名前に込められた父の願いに背中を押され、新たな道を歩み始めた彼のストーリーをご紹介します。
どんなモヤモヤを抱えていたのか
「自分は何がしたいのか」がわからないまま、就活では勧められるがまま官公庁へ入庁しました。しかし、手紙の空白が一つ抜けただけで夜中に300枚もプリントし直すような理不尽な業務に疲弊し退職。その後、未経験で社員わずか9名のITスタートアップに飛び込みました。
しかし、そこでも待っていたのは「生き残るために必死にやるしかない」過酷な環境でした。周りの優秀なメンバーと比較しては劣等感に苛まれ、上司の顔色を伺い萎縮する日々。「この仕事を続けられるのか」「でも他にやりたいこともない」。ただ出口のない不安を抱え、キャリアの迷子になっていました。そんな時、知人の紹介でMCDを知り参加を決意したのです。
MCDでの印象的な体験
職場で話をすると否定から入られることが多かったのに対し、MCDの仲間たちは私の言葉を好奇心を持って受け止めてくれました。しかし、最も苦しかったのは「旗づくり」です。未来を語るワークで、私は一人だけ何も書けず「白紙」で出しました。理想を描くことで、今の自分との差分が明確になり、覚悟を問われるのが怖かったのです。挑戦したいのにできない自分に絶望していました。
転機となったのは、チームメンバーから紹介された『メンタルモデル』という本の一節でした。「不安が強い人は、その不安な状態のままでいたいと望んでいる」。その言葉にハッとしました。ずっと不安を「なくそう」と必死にもがいていましたが、「不安があってもいい」「むしろそれが自分なんだ」と腑に落ちたのです。
さらに同時期、父と酒を飲み、名前に込められた由来を聞きました。不安ばかり抱えていた父が、自分にはない強さを持って生きてほしいと願いを込めた名前でした。それらを重ね合わせた時、私はようやく不安を抱えた自分自身を受け入れる覚悟ができました。
どんな旗を立て、どんな一歩を踏み出したか
私が立てた旗は、「ありのままの自分、ありのままのあなた」です。
自身の弱さを否定するのではなく、葛藤を抱えたままの自分を許す。そして世の中の人にも「そのままでいいんだよ」と伝えられる存在でありたいと願いを込めました。この旗を立てたことで、私は「ありのまま」でいられる方法を模索し、卒業後にコーチングを学び始めました。相手の心に寄り添うことは、自分の心を見直す作業でもありました。他者の話を深く聞けるようになったことで、怖かった上司の話も受け止められるようになり、関係性が劇的に改善する変化も生まれました。
そして、どう変化していったか
その後、エンジニアリングとコーチングを掛け合わせた仕事を目指して転職するも、実態が合わず3ヶ月で退職。しかし以前のような絶望感はなく、「じゃあ自分でやろう」と起業しました。最初は不安もありましたが、今はエンジニアの業務委託とライフワークのコーチングを両立しています。
プライベートでも大きな変化がありました。人にダメなところをさらけ出すことを恐れ恋愛にも臆病でしたが、覚悟を決めて卒業後にスピード婚。その後子どもも生まれました。自分が不安だと子どもにも伝播してしまうので、心のあり方を整え続けています。
MCDは私にとって人生の転機です。役所を辞めた時は一人の決断でしたが、MCDは温かい関わりの中で自分を見つけ直す体験でした。これからも「ありのままの自分」の旗を胸に、自分の人生を歩んでいきます。