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「本音で生きていい」と気づいたら、人生が“エイヤ”で動き出した

作成者: miraiflog|Aug 6, 2026, 6:05:03 AM

大手機械メーカーでカメラのエンジニアとして働いていたYさん。「仕事は辛くても耐えるもの」という価値観に縛られ、向いていない業務に苦しみながらも足踏みを続けていました。しかし、MCDで「本音で生きていい」と気づき、「本音クリエイター」という旗を掲げたことで人生が激変。未経験からスピーチトレーナーへ転身し、新拠点の立ち上げを担うまでに至った、彼女の軽やかで力強いストーリーをご紹介します。

 

どんなモヤモヤを抱えていたのか

大学院で化学を学んだ後、大手機械メーカーに就職し、一眼レフカメラの設計エンジニアになりました。しかし、入社3ヶ月で「この仕事は向いていない」と痛感。細かい図面を引く作業は、自分が必死に50時間かけるよりも、得意な人が10時間で成果を出せる世界でした。適職診断でも「機械エンジニア」がピンポイントで不適合と出るほどだったのです。

一方で、私には「苦手なことや大変なことを乗り越えるのが成長だ」という強い思い込みがありました。親が昭和の猛烈サラリーマンだったこともあり、「仕事とは身を削ってやるもの。飲み会では元気なのに仕事中は元気がないと言われても、仕事なんだから当たり前だ」と本気で思っていました。「お金を稼ぐ」という社会人としての最初の目標は達成したものの、その先どうすればいいのか答えが出ず、一人でキャリアの迷子になっていました。

 

MCDでの印象的な体験

私は昔から「人に影響されるのが嫌」という理由で、キャリアについて他人に相談したことがありませんでした。しかし、知人の紹介でMCDの存在を知り、「自分も未来の旗を立てられるようになりたい」と、半分恐れを抱きながらも持ち前の“エイヤ心”で飛び込みました。

MCDは私にとって「自分の本音に向き合っていい、何を話してもいい安全な場」でした。特に印象的だったのは、周囲の人に自分の印象を聞く「自分インタビュー」です。「職場のダメ人間だと思われているだろうな」と怖る怖る聞いてみると、「成長したね」と温かく見守ってくれている人がたくさんいることに気づきました。「もっと自分の好きなようにやっていいんだ」と、肩の荷が下りた瞬間でした。 また、利害関係のない第三者やロールモデルと話す中で、自分の感情を言葉にしてもいいのだと、自分自身に許可を出せるようになりました。

 

どんな旗を立て、どんな一歩を踏み出したか

私が立てた旗は、「本音クリエイター」です。心の中にあるモヤモヤとした感情や本音を、自分自身が言葉にしていく。そして、他の人が言葉にするのも手伝いたいという思いを込めました。この旗を立てたことで、私は自分のやりたいことを周囲に「言葉」で伝えられるようになりました。

MCD卒業後、以前受講したことのあるスピーチの会社へ遊びに行った際、社長に「いつかここで働きたいです」と本音を伝えました。すると数ヶ月後、事業拡大のタイミングで「トレーナーをやってみないか」と声をかけられ、「やります!」と即答。大企業を辞め、未経験の世界へ飛び込む決断をしました。

 

そして、どう変化していったか

スピーチトレーナーとして入社し、最初はレベル1からのスタートでしたが、エンジニア時代のような「私なんて」という劣等感はありませんでした。「今のレベルでも、目の前の人に確実に価値を提供できる」という納得感があったからです。

その後、給与が一時的に下がっても実家を活用するなど工夫し、「自分が成長しないと会社が成長しない」という環境に夢中になりました。入社から3年が経ち、現在は自ら手を挙げて大阪拠点の立ち上げを任され、組織づくりという新たな挑戦を心から楽しんでいます。

MCDがなければ、一人で「自分には何もない」と塞ぎ込み、苦手なことを克服しようと苦しみ続けていたと思います。これからも「エイヤ」と飛び込む直感と自分の本音を大切に、人生の新しいページをめくり続けていきたいです。