幼少期の闘病経験から「薬に関わる仕事」を使命とし、大手製薬会社で20年近くバリバリと働き続けてきたKさん。外資系製薬会社への転職を機に「これからのセカンドライフをどう生きるべきか」と立ち止まります。MCDで多様な価値観を持つ若い世代と触れ合い、仕事一筋だった自身の固定概念を解きほぐされた彼が、家族という「ファンダメンタル(基盤)」を大切にしながら、新たな貢献の道を見出すまでのストーリーをご紹介します。
幼少期に病気がちで大学病院に入院した経験から、6歳の時に「薬に関わる仕事に就く」と決意し、それを自分の使命だと疑わずに生きてきました。新卒で大手製薬会社に入社してからは、「会社に入ったらそこにコミットして死ぬほど働く」という価値観のもと、約20年間、24時間闘うような働き方をしてきました。 その後、より大きな権限を持ち、グローバルな環境で勝負したいと外資系製薬会社へ転職。充実したキャリアを築く一方で、40代という年齢になり、「これからのセカンドライフの歩み方はこれで間違っていないだろうか」と立ち止まるようになりました。自分が生きるフィールドはヘルスケアだと確信していましたが、本業以外での社会への貢献の仕方や、これからの人生の歩み方が分からずにいたのです。そんな時、旧知の友人に「迷っているなら行ってみれば」とMCDを紹介され、参加を決意しました。
MCDに参加して最も新鮮だったのは、自分と違う年代、特に若い世代の参加者たちとの出会いでした。私自身は「一つの会社に尽くす」という価値観で生きてきましたが、彼らは多様な業界の人と付き合い、広い視野と多くの選択肢を持って軽やかに生きていました。また、製薬業界という比較的恵まれた「ホワイトな環境」の当たり前が、他の業界では全く当たり前ではないことにも気づかされました。利害関係のない人たちと対話する中で、私の凝り固まっていた固定概念が少しずつほぐされていくのを感じました。 特に印象的だったのは「死んでみるワーク」です。自分が本当に大切にしたいことは何なのか、自分の弱みも含めて自己開示できる心理的安全性の高い場で、他のメンバーの話を聞き、自分自身を深く見つめ直すことができました。
私が立てた旗は、「ヘルスケアの業界で、次世代につながる人材育成などをやっていく」というものです。 しかし、それ以上に大きかったのは、自分の中で「家族はファンダメンタル(基盤)」であり、一番大事なものだという優先順位を明確にできたことです。その基盤があってこそ、自分の旗が立つのだと腑に落ちました。 仕事ばかりで家族とのコミュニケーションがおろそかになっていた自分に気づき、MCDで出会った仲間から「奥さんを顧客だと思って接してみたら」というアドバイスをもらいました。少し冷たく聞こえるかもしれませんが、私にとってはすごく腹落ちする言葉で、そこから家族との接し方を意識的に変えていきました。
MCD卒業後は、ドラスティックに働き方を変えました。「この時間までに仕事を終わらせる」と決めて働き、家族との旅行や出かける時間を意図的に増やすようになりました。 また、思春期で関係性が少し難しくなっていた娘に対しても、答えを教えるのではなく、コーチングのように話を聞く姿勢を心がけました。さらに、自分が業界紙などで書いているコラムや文章を娘に読んでもらうことで自己開示をし、徐々に関係性が良くなっていきました。
MCDは、私にとって人生のセカンドライフを考える重要な起点になりました。今もヘルスケア業界で働きながら、次世代への発信も続けています。これからも家族という大切な基盤を第一にしながら、次世代の育成や社会貢献へと自分らしい形で枠を広げていきたいと思っています。